昨日来実家に泊まっていた。
早朝、ちびた氏からメールが到来。「何だろう?」と開いてみると「ゲイリー・ムーアが亡くなった」という知らせだった。信じられないような話で思考回路停止。実感が湧かないまま、オフィシャルサイトなどを巡るとどうやら事実らしい。
自分はゲイリー・ムーアというギタリストは、ハード・ロックを弾かせたら最高のギタリストだとずっと思っていた。'90年代以降、ブルーズに路線変更して自分の好みからは、少し外れたが、それでも彼が最高の存在だと思っていたし、いつかまたハード・ロックをプレイする事もあるだろうと気長に構えていた。
結局そのまま、20年ばかり経ってしまったけれど…ようやく昨年頃になって、インタビューで「そろそろやってみてもいいかなと思っている」と発言していたのに、残念至極だ。昨年ランデブー氏にチケットを譲ってもらってブルーズ・セットのライヴを見るのが最後になるなんて思いもよらなかった。
多分…プレイヤーとしてやるべき事、成すべき事を終えたんだな、と思う。今頃、先にこの世を去ったフィル・ライノットやコージー・パウエルと殴りあいながらジャム・セッションでもしているんだろう。
ゲイリーに関しての思い出は、当時、アナログ・レコードからCDにハードが転換しはじめた時期で、『「デジタルによるクリアなサウンド」というなら、最初に買うのは素晴らしいメロディを弾くプレイヤー…GARY MOOREかZENOだ』と心に決めていて、ZENOは廃盤で手に入らず、GARY MOOREの"Wild Frontier"を買った事だろう。要するに自分がCDで買った最初のアーチストがゲイリー・ムーアだったのだ。
'89年だったか'90年にNHKホールで見たライヴも忘れられない。二階最後列と言うヒドい位置だったが、演奏、サウンドは最高で感激したもんだった。"Empty Room"なんか、まるでクラシック・コンサートのようで、皆静まり返って聴いていたなぁ…。
インストゥルメンタルがビデオ・クリップになるなんて所がまた彼らしい…。ご冥福をお祈りいたします。総じてゲイリーの楽曲は聴いていて切なくなる…泣ける曲が多いんだけど、これからますます聴くのが辛くなるなぁ…
昼間はゲイリーの遺した作品を聴きつつ、新座の平林寺に行った。増田長盛、松平信綱の花押で携帯ストラップを作ったので、お墓参りして来た次第。
平日の昼間で風も冷たかったし、自分が擦れ違った参拝者は数人だった。

拝観受付のある総門で、ここから一直線に山門、仏殿、中門、本堂が連なる。本堂だけ明治時代の再建だそうだが、他は寛文年間に岩槻から移転した際の建築だそうな。写真手前の灯篭にも寛文四(1664)年と彫られていた。

これは武田信玄の娘で、穴山梅雪室であった見性院の供養塔。本能寺の変の際の混乱で梅雪は殺害されてしまうが、未亡人となった彼女を徳川家康が保護していたらしい。後に二代将軍徳川秀忠が、侍女に生ませた隠し子(後の会津藩主保科正之)を彼女に預けて養育させたそうだ。

豊臣家五奉行の一人、大和郡山城に二十万石を領していた増田長盛の墓所。かつての身分と、その事跡との余りにかけ離れた墓の様子が淋しい。亡くなった際は罪人だったから…という事なのだろう。
関ヶ原合戦後に、所領を没収され、岩槻に蟄居していたそうで、大坂の陣において子が大坂方に参じた責を負って、戦後、71歳の老齢で切腹して果てたそうだ。家康の命と言うよりは、殉死に近かったんじゃないかな?

幕府老中大河内松平家の墓所、広大な敷地に歴代藩主、一族の墓が並んでいる。手前が藩祖で島原の乱鎮圧の指揮を取り、「智恵伊豆」の異名を持つ松平伊豆守信綱の墓。
寒かったし、北風も強かったので、国の天然記念物である境内林は歩かなかったけれど…カラスが沢山いた。
夜はWWE「スマックダウン」を見た。意外にCORREの存在感が薄かったな。ヴィッキーやD・ジグラーと連携するわけでもないのか…