タリスマン"Cats & Dogs"、"7"を聴いた。
前夜、割と早めに酔いつぶれたからか、朝4時過ぎに目が覚めた。取りあえず、軽く温泉に浸かってから散歩に出てみた。夜明け前にも関わらず、外は妙に蒸し暑い。近くのお寺、神社をぶらつき、鉄棒で懸垂してみたりもした。今思うと、怪しい人だな。
散歩の途中、小さなコウモリが飛んでいたのだが、あれ、夜明けになると屋根の隙間に潜り込むのね。しかも、着地というか、壁にへばりつくのがやたらと下手くそで、何度も壁にぶつかったりしながら、やっとこさ、という感じで屋根裏に入る姿がおかしかった。近所でも夕方にコウモリを見るけれど、夜明けにはあんな苦労をしているのかな?
散歩を終えて宿に戻ってもう一回温泉に浸かってリフレッシュ。朝食は前夜に続いてカレーを食べた。今日はスタミナをつけておかないと。
10時に妹と大月駅で待ち合わせていたので、一人で8時半頃に宿を出た。ちなみに他の親戚、家族は私が出掛けた後、向日葵を見に行ったらしい。
大月駅には約束の時間には余裕で着いたのだが、予想以上にこじんまりとした駅で驚いた。石和温泉駅の印象と、急行や特急が停車したり、高速のインターにもなっている事で、自分の脳内である程度ブランド化してるんだな。
それはともかく、大月駅に着いてからは前夜から朝食に至る食べ過ぎ飲み過ぎが祟ったのか腹痛であたふた…公衆トイレに紙がなくて駐車場に戻ったり、妹が来るまで駅周辺でかなり挙動不審だったと思う。
ほぼ10時きっかりに妹と待ち合わせた後、駅近くの岩殿山城へ向かった。中央自動車道や甲州街道、JR中央本線で大月駅周辺を通過した事があれば、この岩山を見たことがあるかと思う。この山が岩殿山城だ。

元は修験者の修行の場であったらしいが…後にこの地域を支配する小山田氏の居城となる。「難攻不落」「天然の要害」とはこの城の為にある言葉と言いたくなるほど凄い場所にある城跡なのだ。
一応、岩殿山頂で昼食を取ろうかと考えて近くのスーパーで飲み物と食べ物を購入して、いざ!岩殿山への登山を開始。
途中、無料休憩所というか、資料館があるのだが、そこまでで既に汗だく、更に山頂を目指したが、いやはやこれはきつい。自分は三度目(内1回は連れの膝がパンクして断念)だが、こんなにきついものだったか。実際、初めて登った時も疲れてほとんど写真を撮影していなかったりするから、今回再訪したわけだが。
妹も息が上がっていたが、清々しい表情で下山して来た老婦人とすれ違ったり、子供をおんぶしてガンガン登っていく若いパパさんもいたりと、ビックリするような体力の持ち主に目を奪われつつ、ようやく登山道から城跡っぽい揚木戸門跡に到着した。

巨大な岩盤が多い被さるようなところできっちり道も城門らしく屈曲している。登山道を見下ろせる番所跡のスペースもあって、この辺りには驚かされる。
ほどなく城内で最も展望が利く三の丸跡に出た。大月市街が一望出来、晴れた日には富士山もよく見えるそうだが、この日はあいにくの薄曇りで霊峰を拝めることは叶わず。

ただ、この辺りから先の城址の雰囲気が、以前に行ったときの記憶とどうも合わないような…自分が他の山城と勘違いをしているのかもしれない。ともかく更に山道を進んで本丸跡に到着、現在はテレビの電波塔が並んでいて、城址の風情は皆無だ。

確か池だか井戸の跡があったよなぁ…と思いつつ夏草の生い茂った中をうろうろしていると「廃寺跡」の矢印と標識を発見、少し行ってみると道も整備された感じで手すりも見える。
というわけで、この道を進んだのが大失敗。廃寺の跡も見つからないまま、次第に道は急峻な登山道に変貌し、土砂崩れの痕跡や破壊された手すりに仰天、逃げるように山を下りることになった次第。おかげで山頂の涼しい風の中、昼食を楽しむ機会も失ってしまった。さすがにもう一度登る気も起こらないし…結局、駐車場に戻って車内で済ませてしまった。
しかし、池の写真の撮影を逃したから、後日もう一度チャレンジしないとなぁ…今度はもう少し涼しい頃に来るとしよう。夏は見通しも悪くて駄目だ。
気を取り直して次に向かった先は甲斐武田氏終焉の地、景徳院。武田勝頼、信勝父子と勝頼の妻の墓所があり、最近発掘整備がされたらしいと聞いて来てみたのだが、まだ整備中で、供養塔も臨時の…とは言え、よく目立つ場所に移してあった。古木奇木の類が多いのが印象的。

追っ手の立場になって橋の手前の駐車場に立ってみると、川を前にした小高い場所に景徳院があることが判り、いかにもここを最後という気持ちで勝頼主従が迎え撃った場所という事が納得できた。

最後に立ち寄ったのが、中央道一宮御坂ICの名の元でもあろう甲斐国一宮浅間神社。甲州街道沿いに大きな鳥居が目立っていたので、どんなものかな?と立ち寄ってみたのだが、国道沿いの大鳥居から想像出来るほどの規模ではなかった。かつては相応の規模を誇っていたんだろうけどね。立派な松が植えてあったし、現地で見る事は出来ないが、後奈良天皇が武田信玄を介して奉納した重要文化財の般若心経を収蔵しているそうで、かつての繁栄を偲ぶ事は出来る。

さて、見るものも見たし、帰ろうかと駐車場に向かって歩いていたら、何処からか犬がやって来たので、記念写真。

良く懐いていたが、サバサバした性格のようで、ひとしきりの時間を過ごすと、またどこかへ去ってしまった。
帰りは地元のスーパーなどに寄って妹がお土産を物色、やっぱりワインの売り場が凄いね。あとご当地産のレトルト・カレーが充実していて面白かった。
宿に戻っての夕飯は母の得意料理の一つ、ハンバーグ鍋。このくそ暑い夏の山梨で鍋とはほとんど拷問…とも思えるが、物凄い人気であっという間になくなった。

この日は妹に続いて、もう一人従兄弟が参加していたのだが、アホなネタを次々と投下した末に泥酔して酔いつぶれてしまった。かく言う自分も、いつ、どのように眠ったのか全く記憶がない…。