6月28日の日記
ドリーム・シアター"Black Clouds & Silver Linings"を聴いた。
ボーナス・ディスクのカヴァー曲まで、"Black Clouds & Silver Linings"の音源をまとめてみました。知らない方々からしたら、面食らうほど、1曲1曲が長いけど。
近所のスーパーがリニューアル・オープンしたので、図書館寄りがてら廻ってみたら、駐車場が満杯で侵入不可。このあたりに住み始めて10年経つが、こんなに混んでるのは初めて見た。結局、諦めて帰った。
李スンヨプ選手の3試合連続本塁打でジャイアンツの勝利を確信してから、夕方は成増で家族と叔父夫婦でお酒。今月頭の旅行時以上に叔父がベロベロに酔っぱらってしまった。
帰宅後、大河ドラマを見たが…豊臣秀吉が直江兼続をああまでしてというか、そもそも引き抜こうとした史料なんて存在していない。実際に引き抜いたのは、能登の畠山一族から上杉謙信が養子とした上条政繁だ。ちょっと前にはドラマに政繁も出演していたが、この話は脚本や演出上、そぐわないから削除したみたいだけど。
要するに政繁は上杉一族に準じた存在なのだが、景勝の側にいる直江兼続を自分の手元におこうとして、景勝に断られた事がある。で、兼続が景勝の側近から家老になって、家中を仕切るようになっていく事にキレて、景勝が上洛して秀吉に臣従を誓いに赴くどさくさに紛れて上杉家を出奔して秀吉に仕えてしまう。恐らく秀吉としては、万一、上杉景勝が自分の意に沿わない人物であれば、政繁を上杉家の跡目にすげ代えてしまおうという腹だったのであろうし、手元に政繁を召抱える事で、上杉家に無言の圧力をかける事にもなっていたはずだ。
そういうやり口が得意な秀吉が、他家から本当に引き抜きたくて仕方なかったのに、応じなかったのが毛利家の小早川隆景だ。これは史料からでも明らかに窺える話でもある。
秀吉は四国征伐を終えると隆景に恩賞として伊予(今の愛媛県)一国を与えて独立させる事で、自らの直臣に取り立てようとするのだが、隆景はこれを蹴っている。結局秀吉は隆景の主君毛利輝元に伊予を与え、輝元が隆景に伊予を与えるという形を取らざるを得なかったというから、面白い。
ちなみに上条政繁は、秀吉の後に徳川家に仕えて、禄高こそ低かったが、景勝、兼続主従より長生きしていたりする。確か、旧姓の畠山に戻したんじゃないかな?




















