ジーノ"Zenolozy"、"Listen To The Light"、メガデス"Killing Is My Business..."、"Peace Sells..."、"So Far,So,Good..."、"Rust In Peace"、"Countdown To Extiinction"、"Youthanasia"を聴いた。やっぱりMEGADETHはカッコいいな。
朝は今年に入ってから習慣と化しているABCに参加した。放送メディア関連のお話が興味深かった。
で、最近加圧式トレーニングを始めたというRICOさんと新宿まで移動してお別れ。アクセサリーに関する意見も聞けて有り難かったです。
ようやく、シルバー・アクセサリー関連のブログを立ち上げました。まだ記事はほとんどないけど。
あとは、話ガラリと変って永禄十一年…西暦1568年9月26日に、織田信長が足利義昭を擁して数万の大軍を率いて上洛を果たしている。
年表ブログでその辺りの記事を追加した。
京都を舞台に市街戦を展開した応仁の乱の主体は細川、山名、大内、畠山氏の軍勢で、その後の京都での戦乱は細川、大内に三好氏に法華宗や一向一揆が絡んで展開している。
彼らに共通しているのは近畿以西の西日本に基盤を持つ勢力である事。そんな中、東海の織田信長が数万の大軍を率いて上洛する事が、京都市民、朝廷、公家衆にどれほど恐れられたことか…。
彼らの脳裏に浮かんだのは、源平合戦時代の木曽義仲の無法者っぷりだった。もちろん、応仁の乱でも略奪、放火の類は凄まじかったし、その後、京都に駐留した三好氏なんかも強盗まがいのことをしばしば起こしていたけれど。
だが、この時の織田軍の軍紀は厳格だったらしい。以降、信長は京都の庇護者として治安維持に尽くしている。
一度だけ、元亀四年(1572)に信長は足利義昭と対立した際、これに圧力をかけるために京都の上京地区に火を掛けているけどね。
夕食を食べながら、WWE「スマックダウン」を見た。HHHは3試合か、頑張るなぁ婿殿。