12月26日の日記
CDは聴かなかった。
とんでもない寒さと強風の一日だった。
ヤンキースの補強はメチャクチャだなぁ…名のある選手を集めても優勝は厳しいのは、ここ数年の結果を見れば判るような気がするけど。あのメンツがチームとしてまとまって勝ちに行くとは思えないんだよな。いよいよ松井選手も放出されそうだし…というか、放出された方が良いようにすら思える。
夜は忘年会でふぐを食べた。

今日は年表ブログを永正、大永、、享禄、天文年間の西日本の戦乱について、それぞれ少しずつ加筆した。
後に戦国時代は織田~豊臣~徳川と東海地方出身の人物によって終焉を迎えるわけだが、応仁の乱以降7~80年ばかりの戦乱の中心は西日本にあったんだと思う。
特に周防の大内氏の存在は重要だ。応仁の乱における政弘と永正年間の義興は大軍を率いて京都に入って長期に渡って駐留している。いわゆる兵農分離がなされていない時代にこのような壮挙を実行せしめた経済力を想像するだに興味深い。しかも、大内氏は後に家老の陶晴賢によるクーデターと毛利元就の侵攻で滅亡してしまい、貴重な史料や文化財は灰燼に帰してしまっている。かえすがえすも残念なことだ。
帰りは車を預けてあったので、実家に立ち寄って一泊。
























