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10月16日の日記

ジューダス・プリースト"Painkiller"、コンセプション"In Your Multitude"を聴いた。

武士はなぜ歌を詠むか  鎌倉将軍から戦国大名まで (角川叢書 40)
年表ブログに上杉景勝に関連する情報を書き込んだので、今度は上の本を参考に書き込みを開始。これ読むと和歌を詠じられるようになりたくなって来た。

宗尊親王…後嵯峨天皇の皇子にして、鎌倉幕府によって征夷大将軍に任じられた人物だ。もちろん、この頃の幕府は執権北条氏によって政治面は指導されており、将軍は傀儡に過ぎなかったのだが、親王将軍はそれで満足で、鎌倉の御所で、ひたすら和歌に興じる。しかし、その鎌倉の宮廷サロンにやがて、歌会にかこつけて反北条の野心を持った者がしだいに結集してくる事になる。

折りしも、カリスマ的指導者、北条時頼はじめ、有力者が次々とこの世を去り、後継者の時宗は若年、しかも外からはモンゴルからの圧力も受け始め、幕府には危機感が募っていく。

その結果、突如として宗尊親王は将軍職を剥奪され、京都に追い返されてしまう。失脚直前の暗澹たる思いを託した歌も良いが、追放後、京都に向かう道中、あるいは帰京後の歌もエモーショナルで素敵だ。

今は身のよそに聞くこそあはれなれむかしはあるじ鎌倉の里

もう一人、興味深いのは足利尊氏だ。数多の政争、戦乱を勝ち抜き、室町幕府、足利将軍家を立ち上げた指導者だが、彼は鎌倉幕府が求心力を失う以前、和歌の巧みな文人大名として、名を知られていたという。確かに同時代の武士の歌とは、素人目にも出来が違うのだ。

尊氏の人望や指導力の一端に、和歌から来る教養、知性の高さが占めていたのかと思うと、逆にその才能の高さから失脚を余儀なくされた宗尊親王との対照的な運命が興味深い。

合戦や政治にまつわるエピソードばかりではなく、こうした違った側面から人物が見えてくると歴史は奥が深い、と思える。







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