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4月30日の日記~石和Part.2

起きてすぐにコンビニへのど飴とちり紙を買いに出かけた。発熱こそないものの、自然と鼻水は垂れてくるし、くしゃみも連発で悲惨な有様。とりあえず温泉による湯治効果を祈りつつ、朝から温泉に浸かってみた。あまりに心地よくてしばしウトウト…。

またヤンキース負けたのか。昨日の勝ち方で勢いに乗るかと思ったが…なかなか上手くいかないな。

風邪を押して宿を出て勝沼へむかった。ワインショップの側に勝沼氏館跡が整備されているらしい。戦国期の武家屋敷の遺構が残っているのはなかなか貴重なのだ。案内板に従って停めた駐車場からやや離れたところに土塁らしきものが見える。近くでテントを張っていた方に確認して行ってみると、意外に大きな堀と土塁が出てきた。

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内部は遺構が整備されて公園になっていた。水路が巡っているのが印象的だった。建物跡は去年行った朝倉氏館などに比べると規模が小さいね。しかし、地方の国人領主の館跡を想像させる遺構は大いに参考になった。下の写真、手前が厩跡で、その奥に見えるのが館などの殿舎建築にあたる。

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ちなみに勝沼氏最後の当主信元は武田信玄の従兄弟にあたるが、謀反の嫌疑を受けて成敗されて滅亡している。このため、放置された館跡が残されたらしい。

その後、ワイナリーに立ち寄った。皆が試飲、購入する中、風邪っぴきの私はウロウロするだけ。鼻水の垂れるのは収まってきたけど、咽喉が相変わらずヒリヒリする。

ワインの買い物終了後に親戚と別れ、妹と母、それに私の三人になった。昼食後、近くにある大善寺へ向かった。山梨県で最も古い建築である薬師堂が国宝になっている。国道に出ると山の麓に大きな建物が見えてきた。

江戸期に再建された山門を潜って参道を登っていくと、桧皮葺の巨大な国宝薬師堂に着いた。想像以上の大きさだ。

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この寺は養老二(718)年の開基で、薬師堂は鎌倉時代末期、元寇を経た弘安九(1286)年に執権北条貞時によって建立されたという。つまり、築720年か…屋根の反りなどは、さほど大きくなく、豪快、華麗というより、落ち着いた風情を感じる建築だ。

ちなみに先ほど立ち寄った勝沼館の勝沼信元が信玄に打たれた際、信元の妻は出家して理慶尼と称して大善寺に入ったという。そして勝沼氏滅亡から約二十年を経た天正十(1582)年、勝沼氏を滅ぼした武田氏に滅亡の時が来た。織田軍に追われるようにやって来た武田勝頼主従が逃げる途中、大善寺に立ち寄り一夜を過ごして、再起を祈ったのだという。その後、逃亡先にしていた郡内領主、小山田信茂に裏切られ、進退窮まった勝頼主従は勝沼から程近い天目山田野で自害して滅亡した。理慶尼はこうした武田家滅亡の様子を「理慶尼記」に書きまとめて残している。

当時の武田勝頼や理慶尼らの思いを馳せながら、今に残る薬師堂を外から眺め、内部の十二神将をはじめとする仏像群を拝観して、今回の史跡めぐりは終了。

帰りはどうせ渋滞だろうし、高速道路を使わず家路についた。実家に母と妹を送り届け、割と早めに帰宅。風邪を治すため、とっとと寝た。

CDはフィリップ・セイス"Silver Wheel Of Stars"、ポーキュパイン・ツリー"Fear Of A Blind Planet"、エアロスミス"Honkin' On Bobo"、ペイン・オヴ・サルベイション"Scarsick"、ミートローフ"Bat Out Of Hell"、"Bat Out Of HellⅡ"、"Bat Out Of HellⅢ"を聴いた。
風邪で朦朧としていたけど、ペイン・オヴ・サルベイションがカッコ良かったね。


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