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6月4日の日記~福井県へ

9時半頃にホテルを出て、一路、福井県へ向った。途中、敦賀のSAで日本海をバックに記念撮影。

昼頃には福井に着いて戦国大名、朝倉氏の居城である一乗谷館跡へ。私はここへきたのは2回目だけど、整備されてから来たのは初めて。「一乗谷」という名前から想像されるとおり、山の谷間に流れる一乗川に沿った平野部に築かれた戦国時代の町が発掘整備されつつあるのだ。谷の出入り口は城戸という土塁、石垣、堀で出来た門で守られており、これを抜けると発掘された遺跡が広がっている。寺院、武家屋敷、商家が朝倉氏が織田信長に滅ぼされた後、そのまま放置されていたのだ。

まずは資料館を見てから、近くの蕎麦屋「利休庵」で昼食。蕎麦はもちろん、鮎の煮付けとか美味しかったな。

その後、館跡を見学。まずは蕎麦屋近くに残る盛源寺に立ち寄ってみた。多数の石仏が無造作に並んでおり、寺院跡の廃墟という趣だ。しかも、これらの石仏の年号が戦国時代真っ只中の永禄、天文という年号が彫られているのが凄い。かほどに古い石仏が多数見られるところは他には滅多にないよ。下が最もご立派なもの。

060604-01.jpg

石仏を見た後、土壁と板葺きの屋根で再現された城下町を見学し、朝倉館跡へ。下の写真は朝倉家当主の邸跡。

20060604-01.JPG

東に非常時に逃げ込むための山城を置き、残る三方を堀と土塁で囲んだ館跡を、山城に向う道から見下ろした写真がこれ。建物の平面図が判るようになっている。手前の建物が離れの座敷跡でこの写真からは見えないが、庭園もある。
奥の建物の写真左側が政務を行ったりする公的な御殿などで、右から更に奥にかけてが主の私的空間、台所などにあたる。ここで最後の当主、義景は酒色に溺れ、享楽に耽り、ついに滅亡に至るのだ。そして、朝倉氏の繁栄を示すのが、御殿周辺数ヶ所から掘り出された豪華な庭園跡だ。下がその一つで、最も美しい諏訪館跡庭園。

060604-02.jpg

この付近には五代当主義景の側室、諏訪の方の邸があったとされ、彼女は義景の男子を産むが、夭折。それ以降、義景は政務への関心を失っていったと言われている。哀れ…

館跡を見て回った後、福井駅で買い物。柴田神社では柴田勝家の銅像前で記念写真を撮影した。

かくして帰宅したのはA.M.3:00過ぎ…疲れた。

サッカー日本代表はマルタ相手に1-0で勝利。こんなもんか?

移動中の車中ではボン・ジョヴィ、ジーノ、フェア・ウォーニングからシステム・オヴ・ザ・ダウンなどなど、デス・メタルは排除したが、ガッツのある音楽を聴いてた。


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